「1%くらいなら、まけてもいいか」
商談の最後に、
こんな判断をする場面は多いと思います。
相手との関係もある。
今回だけなら、と思う。
気持ちはよくわかります。
でも、この1%が利益にどう効くのか。
数字にしてみると、
見え方がかなり変わります。
1%の値引きで消える、1年分の利益
ある会社をモデルに考えてみます。
売上は5億円。
原価は4億円。
売上から原価を引いた粗利は1億円。
売上に占める粗利の割合、
つまり、粗利率は20%です。
ここから人件費や家賃などの
固定的な経費が9,500万円かかって、
手元に残る利益は500万円。
売上規模の割に利益が薄い。
中小企業では、めずらしくない形です。
この会社が、すべての取引で
1%値上げできたとします。
売上は5億500万円。
原価は変わらないので、粗利は1億500万円。
経費も変わらないので、利益は1,000万円。
利益は2倍です。
反対に、すべての取引で1%値引きしたとします。
売上は4億9,500万円。
粗利は9,500万円。
経費を引くと、利益はゼロです。
1%の値引きで、1年分の利益がまるごと消えます。
では、消えた500万円を
新しい売上で取り戻すには、どうすればいいか。
粗利率は20%なので、
100万円売っても、残る粗利は20万円です。
500万円の粗利を取り戻すには、
売上2,500万円が必要になります。
売上5億円の会社にとっては、5%の増収です。
つまり、1%の値引きを取り戻すのに、
5%の売上増が必要。
値引きは一言で決まります。
でも、取り戻すには
その何倍もの営業努力が必要です。
大企業が粗利率に細かい理由
大企業の決算を見ていると、
粗利率への向き合い方の細かさに驚きます。
たとえばAppleは、
四半期ごとの決算発表で
次の四半期の粗利率の見通しを
「47〜48%」のように、
1ポイントの幅で示しています。
粗利率が、投資家に約束する
経営の最重要指標になっているわけです。
ユニクロも同じです。
数年前、円安で調達コストが上がった時期、
国内ユニクロ事業は売上が伸びたのに、
粗利率が約1ポイント下がり、
営業利益は減りました。
売上が増えても、粗利率が
1ポイント落ちれば減益になる。
大企業は、この重さを知っています。
数字の裏づけもあります。
1992年に
ハーバード・ビジネス・レビューに載った
マッキンゼーのマーンとロジエロの分析では、
販売数量が変わらないまま価格を1%上げると、
営業利益は平均で11.1%増える。
一方、価格を変えずに数量を1%増やしても、
営業利益は3.3%しか増えない。
価格は、利益に対して最も効くレバー
だという結論です。
大企業がシビアなのは当然です。
売上が大きいので、0.1ポイントでも
金額が巨大になる。
でも、本質は逆側にあります。
先ほどのモデルでは、
1%の価格の差で利益が2倍にも
ゼロにもなりました。
大企業の平均が11%なのに対して、
利益の薄い会社では100%です。
大企業は金額で効き、中小企業は比率で効く。
本当は、中小企業こそ
粗利率にシビアであるべきなのです。
価格の据え置きという、見えない値引き
ここまで値引きの話をしてきましたが、
もう一つ、見落とされやすい値引きがあります。
それは、価格の据え置きです。
仕入値が上がる。
人件費が上がる。
最低賃金も、物価も上がる。
その中で価格を変えなければ、
粗利率は毎年少しずつ削られていきます。
先ほどの会社で、原価が2%上がったのに
価格を据え置いたとします。
原価は4億800万円になり、粗利は9,200万円。
利益はマイナス300万円。
何も値引きしていないのに、赤字です。
ユニクロでさえ、円安を受けて今年、
秋冬商品の一部は値上げせざるを得ないと
CFOが説明していました。
価格を見直すことは、特別なことではありません。
京セラ創業者の稲盛和夫さんは、
経営の原理原則をまとめた「経営12カ条」の中で、
「値決めは経営」と説いています。
値決めは営業担当に任せるものではなく、
経営者が責任を持って決めるもの。
お客様が喜んで払ってくださる
最大の価格を見極める。
それ自体が経営だ、という考え方です。
僕たち税理士業界も、
実は値決めが得意ではありません。
顧問料は「相場」で決まりやすく、
何年も同じ金額のままということもよくあります。
うちの事務所でも、
自分たちのサービスの価値を言葉にして、
価格に反映していく取り組みは、まだ道半ばです。
お客様に理解していただくことも必要なので、
少しずつ進めています。
それでも、信頼して頼っていただける立場には
価値がある。
その価値をきちんと対価に反映し、
人件費や物価の上昇も見越して価格を設計する。
これが、事務所を続けていくうえで
欠かせないと考えています。
利益の先にある、現預金と金融機関の評価
粗利率の話は、利益だけでは終わりません。
その先には、現預金があります。
借入の返済は、経費ではなく、
税金を払った後の利益から行います。
利益がゼロの年に返済が続けば、
返済の分だけ、手元の現預金が減っていきます。
利益が出ていなければ、
キャッシュが残る構造にはなりません。
僕はいつも、手元の現預金は
固定支出の6か月分を
持つようにお伝えしています。
でも、利益が薄い会社では、
その備えを積み上げる余地がありません。
金融機関の見方も同じです。
金融機関は、利益で借入を何
年で返せるかを見ています。
赤字や減益が続けば、評価は下がり、
次の融資や金利の条件にも響きます。
粗利率がじわじわ下がっている決算書は、
「価格を決める力が弱まっている会社」
と読まれることもあります。
1%の値引きは、
利益、現預金、金融機関の評価の
すべてにつながっているのです。
自社の「1%」の金額と、来期の計画
まずやってほしいのは、
自社の売上に1%を掛けてみることです。
売上5億円なら500万円。
売上1億円なら100万円。
その金額を、去年の利益と並べてみてください。
1%の値引きが、
利益の何割にあたるのかがわかります。
そして来期の計画を立てるときは、
売上目標だけでなく、
粗利率の目標と、価格改定の方針をセットで置く。
仕入や人件費がどれくらい上がりそうかも
あわせて見込んでおく。
そうすると、「1%くらいなら」という判断が、
いくらの判断なのかが、
自然と見えるようになります。
値引きがすべて悪いわけではありません。
新しいお客様との最初の取引や、
長いお付き合いを見据えた判断もあります。
大事なのは、金額を知ったうえで決めること。
同じ1%でも、
知らずに出す1%と、知って出す1%は、
経営としてまったく別のものです。
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