社長の人間ドック、本当に経費になる?

「これ会社の経費で入れますよね?」
社長が見せてくれたのは、
会員制のメディカルクラブのパンフレット。
そこには大きく、
「法人なら全額経費」と書いてあります。
こういう相談、実は珍しくありません。
そして答えは、
「経費になるかどうかは、パンフレットではなく、
会社の制度とその運用実態で決まります」
です。
今日は、健康診断の経費について整理します。

社員の健康診断は、会社の義務

まず前提として、
社員の健康診断は、会社がやるかどうかを
選べるものではありません。
労働安全衛生法という法律で、
会社は常時使用する労働者に対して
年1回の定期健康診断を実施する義務があります。
費用も会社が負担するのが原則です。
そして社員の側にも、
健診を受ける義務があります。
会社の義務だから、その費用は会社の経費。
福利厚生費として処理します。
福利厚生費とは、
役員や社員の健康や生活を支えるために
会社が負担する費用のことです。
ここで一つ、意外と知られていない点があります。
この法律で守られているのは、労働者です。
社長などの役員は、
原則として労働者には当たりません。

つまり、社長の健康診断は、
法律上の義務ではないのです。
この違いが、あとで効いてきます。

人間ドックが経費になる条件

では、法定の健康診断より
手厚い人間ドックはどうか。
人間ドックを追加で実施すること自体は、
法律上の義務ではありません。
国税庁の考え方を要約すると、
役員や特定の地位にある人だけを対象にすると、
給与として課税される問題が生じる。
一方で、一定年齢以上の希望者が全員受けられ、
受けた人全員の費用を負担するなら、
給料として課税する必要はない、というものです。
なぜ年齢で区切っていいのか。
生活習慣病やがんのリスクは、
年齢とともに上がります。
法定の健康診断でも、一定の年齢から
検査項目が増える仕組みになっています。
だから、「40歳以上は人間ドック」のように、
年齢で対象を分けるのは合理的な設計の一つ
と考えられます。
そして「希望者」。
法定健診と違って、
人間ドックは任意の制度なので、
受けるかどうかは本人に任せてかまいません。
大事なのは、対象年齢の人なら
誰でも受けられる状態になっていることです。
裏を返すと、
「役員だけ」「部長以上だけ」のように、
役職や立場で区切ると、
給与課税の問題が生じます。
年齢は誰にでも平等に訪れますが、
役職は会社が選んで与えるものだからです。
もう一つ大事なのが、内容と費用の妥当性です。
明確な金額の上限はありません。
ただ、一般的な人間ドックの範囲を超える
高額な検査は、制度を整えていても、
健康管理として妥当かが問われます。
迷ったときの物差しはシンプルです。
「同じ条件に当てはまる社員にも、
公平に提供できるか」。
なお、冒頭の会員制メディカルクラブ
のような場合、健診費用だけでなく、
入会金や年会費、医療相談などの
付帯サービスが含まれることがあります。
これらは通常の人間ドックとは分けて、
契約内容や利用実態を確認する必要があります。

条件を外れると、二重に損をする

では、条件を外れるとどうなるか。
仮に、社長だけが30万円の人間ドックを
会社負担で受けたとします。
この30万円が社長個人への経済的利益
と認定されると、
福利厚生費ではなく役員給与として扱われます。
社長の給料は自分で決められるため、
税法では原則として毎月同じ額で払うことが
経費の条件になっています。
これを定期同額給与といいます。
人間ドック代のような臨時の支払いは
これに当たらず、法人税の計算上、
経費として認められません。
これを損金不算入といいます。
利益が出ている会社なら、
法人税などで約3割、
約9万円ほどの税金の軽減が消えます。
さらに社長本人は、
給料を30万円もらったのと同じ扱い。
所得水準によっては、所得税と住民税で
10万円を超える税金がかかることもあります。
会社では経費にならず、本人には税金がかかる。
経費のつもりが、二重に損をする。
同じ健康診断でも、
会社の制度と運用によって、
税務上の扱いは変わる。

「全額経費」という文句には、
この前提がまるごと抜けているのです。

一人社長・家族経営の会社はどう考えるか

一番相談が多いのがここです。
結論から言うと、
一人社長だから、
絶対に経費にならないわけではありません。

ただし、社員がいる会社と比べて、
福利厚生費として
説明するハードルは高くなります。
理由は、判断の拠り所が少ないからです。
国税庁の人間ドックの考え方は、
役員と社員がいる会社を前提にしています。
一人社長の会社について、
明確な判断基準は示されておらず、
専門家の間でも見解が分かれています。
福利厚生費として認められるには、
特定の役員だけを優遇する制度ではないこと
が重要です。
ところが一人社長の会社では、
制度を使うのはどうしても社長だけ。
社長個人への支払いと見られやすくなります。
規程をつくり、内容を一般的な範囲に抑え、
会社から医療機関に直接支払う。
こうした整備は実態を示す材料になりますが、
それだけで経費になることが
保証されるわけではありません。
家族の扱いも、よく聞かれます。
会社で働いていない配偶者や子どもの健診費用は、
福利厚生費にはできません。
家族が実際に勤務し、
制度の対象条件を満たしていれば、
認められる可能性があります。
社長と配偶者だけが役員の家族経営の会社も、
構造は一人社長に近いもの。
同じように、慎重に考える必要があります。

保険にはお金をかけるのに、健診はケチる

最後に、少し税金から離れた話をさせてください。
顧問先の決算書を見ていると、
社長の生命保険には年間数十万円払っているのに、
健康診断は最低限、あるいは受けていない。
そういう会社が少なくありません。
でも、考えてみると不思議な話です。
保険は、倒れたあとにお金が出るもの。
健診は、倒れる前に気づくためのものです。
中小企業にとって、社長が倒れることは
最大級の経営リスク。
しかも社長には、法律上の健診義務すらない。
誰も強制してくれないからこそ、
自分で仕組みにする
必要があります。
僕は、社長の健康診断は
ケチらない方がいいと思っています。
ただし、税金のためではなく、会社のために。

まずは自社の健診制度を見直す

まずは、自社の健診制度を見直してみてください。
対象者の決め方は合理的か。
検査の内容や費用は適切か。
そして、そのルールはきちんと運用されているか。
大切なのは、経費にするために
規程をつくることではありません。
社長も社員も、安心して
健康管理ができる仕組みをつくることです。
その結果として、
税務上も説明できる状態になっている。
それが本来の順番だと思います。


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この記事を書いた人

新美 敬太のアバター 新美 敬太 代表税理士

「経営を楽しむ」という想いを大切に、日々経営者の皆さまと向き合っています。
税務・会計だけでなく、同じ目線で悩みや挑戦を共有しながら、一緒に考え、進んでいくことを大切にしています。
私自身も一人の経営者として、まだまだ成長の途中です。
だからこそ、うまくいくことも、迷う時間も、すべて含めて寄り添える存在でありたいと思っています。
経営の中にある楽しさや可能性を感じていただけるように。
これからも、皆さまと一緒に歩んでいきます。

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