役員報酬はいくらが正解?「800万円」がひとつの分かれ道

「今期、思ったより利益が出そうなんです。
役員報酬、上げた方がいいですか?」
決算が近づくと、この相談が増えます。
報酬を上げるか。
会社に残すか。
多くの方が、なんとなくの感覚で決めています。
でも、本質は法人と個人の税率差を
どう見るかです。

法人と個人、税率のかかり方の違い

まず前提の整理から。
法人の税金は、所得800万円を境にした
ほぼ2段階です。
中小企業の場合、地方税も含めた実効税率は、
800万円以下の部分が約25%。
800万円を超える部分が約34〜35%。
一方、個人は累進課税です。
所得税と住民税を合わせて、
課税所得に応じて約15%から55%まで
上がっていきます。
課税所得900万円を超えると約43%。
1,800万円を超えると約50%。
4,000万円を超えると約55%。
法人は早い段階で税率が頭打ちになる。
個人は所得が増えるほど、段階的に上がっていく。
この段差の位置の違いが、
役員報酬を考える出発点です。

なぜ800万円が基本線になるのか

法人の所得が800万円を超えると、
その部分の税率は約25%から
約34%に跳ね上がります。
一方、役員報酬で払うと、
個人の所得税・住民税に加えて、
社会保険料もかかります。
細かく計算すると人によって変わりますが、
ざっくり言えば、法人の所得が
800万円を超えている部分は、
報酬に回しても負担は
それほど変わらない
ことが多い。
逆に、800万円を下回るまで
報酬を増やすとどうか。
今度は法人の税率が約25%に下がります。
社会保険料も考えると、
個人に流すメリットは薄くなります。
法人の税率が大きく変わる800万円が、
損得の分かれ目
。
これが「800万円前後」に落ち着く理由です。
もちろん、800万円ぴったりが
正解というわけではありません。
あくまで基本線として持っておく。
それだけで、判断がぶれにくくなります。

個人の負担が増えても、早く移す意味がある

ここでよく出る疑問があります。
「残りを全部報酬にしたら、
個人の税金がかなり増えますよね?」
利益が大きくなると、その通りです。
例えば、報酬を払う前の利益が3,000万円の会社。
法人に800万円を残すと、
報酬は2,000万円前後になります。
こうなると、個人の税率は
所得税と住民税だけで40%台に入り、
法人の約34%を上回ります。
目先の税金だけで見れば、法人に残した方が安い。
それでも僕は、個人に移す意味が
あると考えています。
一つは、投資で税率差は埋められる
ということです。
法人と個人の税率差が10%ほどなら、
個人で運用して年に数%でも増やせれば、
数年で埋まる差です。
もちろん運用にはリスクもあります。
それでも、個人の手元にあるお金は、
増やす手段を自分で選べます。
もう一つは、時間です。
運用は、始めるのが早いほど複利が効きます。
会社に溜めておいて、何年も後に個人に移すより、
毎年少しずつ移しておく方が、
時間を味方につけられます。
そして、いざというときの動かしやすさ。
個人に移したお金は、
会社の資金が足りなくなったとき、
役員借入金として会社に貸すことができます。
会社から見れば、
社長からの借入なので返済の融通もききやすい。
ただし、逆は絶対におすすめしません。
会社のお金を個人が使うと、
役員貸付金になります。
金融機関からは、
「会社のお金が社長に流れている」と見られ、
評価は大きく下がります。
お金の置き場所として、
個人から会社へは動かせても、
会社から個人へは動かしにくい
。
この点でも、多少個人の負担が増えても、
役員報酬で早めに移しておく方が
いいと考えています。

会社に溜めるほど、株価は上がっていく

もう一つ大きいのが、自社株の評価です。
同族会社の株は、
会社の利益や財産をもとに評価されます。
会社にお金が溜まるほど、株の値段は上がる。
そしてその株は、相続のときに
相続税の対象になります。
つまり、目先の税金をうまく抑えても、
会社に残った分は、
最後に相続税として返ってくるのです。
しかも株価は、何年もかけてじわじわ上がります。
高くなってからでは、下げる手は限られる。
だからこそ、普段からの対策が大切です。
毎年の役員報酬は、その一番身近な手段です。
さらに、役員退職金は
最終の報酬月額をもとに計算することが多いので、
報酬水準を適正に保つことは、
退職金の枠にもつながります。
役員報酬は、今の税金だけの話ではありません。
将来に向けたお金の置き場所の設計
でもあるのです。

利益が数億円規模になると、話が変わる

ただし、この基本線が
当てはまらない場面もあります。
利益が数億円規模になるケースです。
法人の税率は約34〜35%で頭打ち。
一方、個人は最高で約55%。
課税所得4,000万円を超える部分、
報酬額でいえばおおむね
4,000万円台半ばを超えるあたりから、
その部分には
法人より20%以上高い税率がかかります。
この領域では、個人で受け取るほど、
法人と個人を合わせた全体の税額が増えていく。
株価対策や運用の意味はあっても、
20%以上の差を埋めるのはさすがに難しい。
この規模になると、報酬は一定水準にとどめて、
法人に残す判断の方が合理的になります。
そのうえで、溜まっていく株価には、
退職金や承継のスケジュールなど、
別の手段で向き合っていくことになります。

すべての前提は、精緻な損益計画

ここまでの話には、一つ前提があります。
今期の利益がいくらになるか、
見えている
ことです。
役員報酬は、原則として期首から
3か月以内にしか変えられません。
定期同額給与というルールです。
期の途中で「利益が出たから報酬を上げよう」
はできない。
だからこそ、期の初めに
精緻な損益計画を持っているかどうかで、
報酬判断の精度がまったく変わります。
計画がないまま決めると、
報酬を上げすぎて会社が赤字になる。
逆に低すぎて、
800万円を大きく超える利益が法人に残る。
どちらも、現場でよく見る場面です。
計画の精度を上げることは、
僕自身も毎年意識しているところで、
まだ上げられる余地があると感じています。
もう一つ。
利益が出ていても、お金が残るとは限りません。
借入の返済や設備投資があれば、
利益と手元資金は一致しない。
税金の最適解が、
資金の最適解とは限らない
のです。
このあたりは、
また別の記事で書きたいと思います。

来期の報酬を決める前に、押さえておきたい3つ

難しい計算を、
すべて自分でやる必要はありません。
まずは次の3つから。

・今期の着地見込みと、法人に残る所得の目安をつかむ
・自社株がいまいくらで評価されるか、一度把握しておく
・来期の損益計画を、期首までに作っておく

役員報酬の「なんとなく」は、毎年積み重なると、
税金でも株価でも大きな差になって返ってきます。
法人に800万円残すという基本線を持ったうえで、
自社の規模と将来の承継まで含めて考える。
それが、報酬判断で
一番大事な視点だと思っています。


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この記事を書いた人

新美 敬太のアバター 新美 敬太 代表税理士

「経営を楽しむ」という想いを大切に、日々経営者の皆さまと向き合っています。
税務・会計だけでなく、同じ目線で悩みや挑戦を共有しながら、一緒に考え、進んでいくことを大切にしています。
私自身も一人の経営者として、まだまだ成長の途中です。
だからこそ、うまくいくことも、迷う時間も、すべて含めて寄り添える存在でありたいと思っています。
経営の中にある楽しさや可能性を感じていただけるように。
これからも、皆さまと一緒に歩んでいきます。

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