「借入金、早めに返しちゃった方がいいですよね?」
経営者の方から、
こう相談されることがよくあります。
決算書がきれいになる。
気持ちも軽くなる。
だから、繰り上げ返済をしたい。
その気持ちはよくわかります。
でも、僕は基本的に
繰り上げ返済は不要だと考えています。
理由は一つではありません。
手元資金が減ること。
自己資本比率への効果が思ったより小さいこと。
そして、銀行との関係性に影響すること。
どれも大事な視点です。
でも今日は、その中でも一番見落とされがちな、
銀行との信頼関係という点に絞ってお伝えします。
銀行は「純増」で評価される商売
まず知っておいていただきたいのが、
銀行員の方の評価の仕組みです。
銀行の収益の大部分は、
貸したお金にかかる利息収入です。
つまり、皆さんが返済すればするほど、
銀行の売上は減っていきます。
だから銀行には、半期ごとに「純増」
という目標が課されます。
返済された分を、また貸し出す。
それだけでは現状維持で、収益は伸びません。
この目標は、店舗ごと、担当者ごと、
日ごとにまで細かく落とし込まれています。
想像以上に厳しい世界です。
繰り上げ返済が、銀行に与える衝撃
住宅ローンの繰り上げ返済とは、
意味がまったく違います。
決算直前、つまり3月や9月に、
まとまった金額を返済されると何が起きるか。
その分を、短期間で
別の融資先に貸さなければならなくなります。
これは、目標達成の計画に
大きな穴を開ける行為です。
銀行員の方の中には、
これを契約違反に近い感覚で捉える方もいます。
5年で返す約束をしたのに、
一方的な都合で早く返される。
これは、当初の約束を、
こちらの都合で変えていることでもあるのです。
【数字で検証】自己資本比率はどれだけ変わるのか
「でも、自己資本比率が上がるなら良いのでは」
そう思う方も多いはずです。
実際に、数字で確認してみます。
例えば、こんな会社を想定してみます。
総資産1億円、純資産2,000万円。
自己資本比率は20%です。
現預金は1,500万円ありました。
ここで、借入金1,000万円を
繰り上げ返済したとします。
すると、何が起きるか。
現預金は1,500万円から500万円に減ります。
手元の現預金が、
一気に3分の1になってしまうのです。
一方、自己資本比率はどうなったか。
総資産は9,000万円に減り、
純資産は2,000万円のまま。
自己資本比率は2,000万円÷9,000万円で、
約22.2%。
上がったのは、わずか2.2ポイントです。
この2.2ポイントという上昇幅は、
正直に言って
中小企業においては限定的な効果です。
金融機関が中小企業を評価する際、
自己資本比率だけを見て融資判断をすることは
ほとんどありません。
事業性評価や代表者との関係性、
資金繰りの実態など、
複数の要素を総合的に見ています。
2〜3ポイントの改善が、
融資姿勢を大きく変えるほどの
インパクトを持つことは、
実務上ほぼないと考えていいでしょう。
一方で、現預金が3分の1になるという事実は、
確実に、そして即座に会社の体力に影響します。
見栄えの改善は限定的。
現預金減少のマイナスは、それよりずっと大きい。
これが、数字で見えてくる実態です。
決算書より怖いのは「信頼関係」への影響
決算書の数字よりも大きな影響。
それが、銀行との信頼関係です。
「この社長は、
貸してもいつ返してくるかわからない」
そう思われてしまうと、銀行の側は身構えます。
次からは、短い期間でしか貸さない。
そもそも、これ以上は貸さない。
そう判断されてしまうことすらあります。
決算書の数字は良くなったのに、
取引状況や関係性という、
もっと大事なものが傷ついている。
この傷は、決算書には出てきません。
でも、次に資金が必要になったときに、
はっきりと表れてきます。
繰り上げ返済を勧めない理由
整理すると、こういうことです。
自己資本比率への改善効果は、
わずか1〜2ポイント程度。
しかも中小企業においては、
この程度の改善が金融機関の評価を
大きく動かすことは、実務上ほとんどありません。
一方で、現預金は大きく減ります。
今回の例では、
手元資金が一気に3分の1になりました。
この現預金の減少は、事業投資の機会損失や、
不測の支払いへの対応力低下という形で、
確実に会社の体力を削ります。
つまり、得られる効果は小さく、限定的。
失うものは大きく、確実。
この非対称性こそが、
繰り上げ返済を基本的にすすめない、
専門的な根拠です。
さらに、繰り上げ返済の
タイミングや進め方によっては、
銀行との信頼関係にも傷がつきます。
その傷は、次の資金調達の場面で、
決算書には表れない形で影響してきます。
だから僕は、繰り上げ返済を
基本的にはすすめていません。
今日できること
もし今、繰り上げ返済を考えているなら。
実行する前に、一度、電卓を叩いてみてください。
自己資本比率が、実際に何パーセント上がるのか。
現預金が、いくら減るのか。
数字にしてみると、
「思ったより変わらない」ことに気づくはずです。
その数字を確認した上で、
それでも必要だと判断できるなら、進めればいい。
でも多くの場合、
その一歩を踏み出す前に、
立ち止まる価値があると思います。
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