先日、ある経営者からこんな相談を受けました。
1億円を10年で返済する借入をしていて、
利益も数百万円は出ている。
それなのに、通帳を見るたびに落ち着かない。
「せっかく借りれるだけ借りてきたのに、
逆に不安が増えたんです」
僕は聞き返しました。
「今、キャッシュはありますよね?」
「あります。でも、毎月減っていくので……」
利益は出ている。
現金もまだ手元にある。
でも、なぜか安心できない。
この感覚、経営者の方なら
一度は感じたことがあるのではないでしょうか。
不安の正体は「見えていないこと」
でも、本質は借入額でも、利益でもありません。
不安の正体は、
精緻な損益計画とそれに連動した資金繰り表がないことです。
先の資金の動きが、そもそも見えていないのです。
損益計算書の利益は、
会計のルールに沿って計算された「意見」です。
一方、通帳に残っている現金は、
誰が見ても動かせない「事実」です。
この二つは、動き方がまったく違います。
利益が出ているのに現金が減っていく。
これは決して珍しいことではありません。
むしろ、成長している会社ほど起きやすい現象です。
なぜ利益が出ているのに現金が減るのか
先ほどの経営者のケースで、実際に確認したことがあります。
1億円の借入、10年返済。
単純計算で、元本だけで年間1,000万円の返済です。
一方、損益計算書には、
この元本返済は経費として出てきません。
経費になるのは利息部分だけです。
さらに、利益が出ていれば税金も発生します。
このズレを把握していないと、
理由が分からないまま、
ただ漠然とした不安だけが残ります。
「減っている」のは事実。でも、それだけでは判断できない
冒頭の経営者の数字を、実際に分解してみます。
当期純利益は約600万円。
減価償却費(現金支出を伴わない経費)が約200万円。
利益に減価償却費を足し戻したものは、
簡易キャッシュフローと呼ばれる指標です。
この会社の場合、簡易キャッシュフローは約800万円。
一方、元本返済は年間1,000万円です。
差し引き、年間約200万円ずつ、預金は減っていく計算になります。
ここまでは、紛れもない事実です。
「減っている」という不安は、決して勘違いではありません。
問題は、この事実をどう評価するかです。
簡易キャッシュフローは「入口」でしかない
この簡易キャッシュフローという指標、
実は金融機関が融資を判断するときにも使われています。
借入金を簡易キャッシュフローで割り、
何年で返せる水準かを見るのが、
融資審査の基本的な考え方の一つです。
ただ、実際には、
簡易キャッシュフローを、返済額そのものが上回ってしまう
というケースが珍しくありません。
複数の借入が重なって返済が集中する。
据置期間が終わり、返済が本格化する。
金利が上昇し、利息負担が増える。
当初の想定より、利益が下振れする。
理由はさまざまですが、
どれも融資を受けた時点では
見えていなかったものです。
だからこそ、簡易キャッシュフローは
あくまで入口であり、
そこから先は資金繰り表で確認する必要があります。
問題ないと言えたのは、手元現金と照らし合わせたから
この会社には、手元現金がおよそ5,000万円ありました。
年間200万円ずつ減っていく計算だとしても、
返済期間である10年間で減る額は、
最大でも2,000万円ほどです。
5,000万円の手元現金に対して、
10年かけて2,000万円減る。
これは、資金がショートする水準ではありません。
むしろ、余裕を持って着地する計算でした。
さらに、繁忙期の入金サイクルや、
今後の売上計画も資金繰り表に織り込むと、
差額はこの先さらに縮まっていく見込みも見えてきました。
そして、この会社ならこのタイミングで追加融資も受けられる、
という金融機関との関係性も含めて考えれば、
仮に一時的に足りなくなる局面が来ても、
選択肢はいくつも残っています。
つまり、「毎年減る」ことと
「危ない」ことは、イコールではありません。
減るペースと、手元にある残高、
そして返済期間という時間軸。
この三つを並べて初めて、
「問題があるかないか」が判断できます。
問題がなかったのではなく、
問題がないかどうかを、誰も計算していなかっただけです。
「借りれるだけ借りる」は間違っていない
借りられるうちに借りる、という判断は、
決して間違っていません。
むしろ、金融機関との信頼関係があるからこそ、
必要なときに必要な額を借りられます。
無借金経営は、聞こえはいいですが、
実態は攻めの投資ができない、縮小への道でもあります。
ただし、それは 精緻な損益計画とそれに連動した資金繰り表
とセットであることが前提です。
借入だけを増やして、
その先の資金繰りを見ていない状態は、
アクセルを踏みながら、
前が見えていない状態と同じです。
借りることは、スタートラインに立っただけです。
数字を見せてくれる専門家は、まだ多くない
ここで一つ、率直にお伝えしたいことがあります。
損益計画と資金繰り表をセットで見せてくれる税理士は、
正直、まだ多くありません。
決算書を作って、税金を計算して、申告する。
そこまでは、どの事務所でもやります。
でも、その先の「半年後、1年後の資金の動き」まで
一緒に見せてくれるかどうかは、事務所によって差があります。
これは、税理士側の怠慢というより、
経営者側にその視点が届いていないだけ、
というケースが多いように感じます。
だからこそ、
自分の会社の資金繰り表を見せてもらったことがない、
という方は、一度専門家に聞いてみてほしいと思います。
見えれば、不安は減る
冒頭の経営者は、
資金繰り表を見た瞬間、こう話してくれました。
「不安だったのは、
先が見えていなかっただけだったんですね」
借入残高そのものは、何も変わっていません。
変わったのは、見えているかどうかだけです。
借入額の大きさに、怖がる必要はありません。
怖がるべきは、先の資金の動きが見えていない状態です。
もし今、利益は出ているのに
なんとなく不安がある、という方がいたら。
まずは、直近半年から1年の
損益計画と資金繰り表を、数字で並べてみてください。
見えていないものが見えるだけで、
不安の多くは輪郭を失っていきます。
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