無借金経営を目指すほど、会社が縮んでいく理由

「銀行からはできるだけ借りるな」
こういう話を、経営者の方からよく聞きます。
借金は少ないほどいい。
無借金経営が理想だ。
そういう感覚が、経営者の間に根強くあります。
でも、税理士として多くの会社を見ていると、
少し違和感があります。
無借金を目指して、
じわじわと縮んでいく会社を
何度も見てきたからです。
「借金は悪」という感覚はどこから来ているのか。
そして、その考え方が
どんなリスクをはらんでいるのか。
今日はそれを整理してみます。

日本一借金が多い会社はどこか

突然ですが、日本で有利子負債(≒借入金)
最も多い会社はどこかご存知でしょうか。
答えはトヨタ自動車です。
有利子負債の総額は約38兆円。
2位のソフトバンクグループ(約18兆円)を
20兆円近く引き離しています。
売上高約48兆円に対して、借入が約38兆円。
これを中小企業の感覚に置き換えると、
月商の約10ヶ月分に相当します。
中小企業の経営者であれば、
「月商の3〜6ヶ月分が借入の上限」
という話を一度は耳にしたことがあると思います。
それを遥かに超える月商10ヶ月分の借金。
でも、トヨタに対して「借りすぎだ」
と言う専門家は誰もいません。

「借りるな」の本当の理由

「借金を減らせ」「できるだけ借りるな」
という専門家がいたのは、
借金そのものが悪だからではありませんでした。
原因の1つは、経営者保証にあります。
かつて日本では、
中小企業が銀行から融資を受ける際に、
経営者個人が連帯保証人
になることがほぼ当然でした。
会社の借金が、そのまま
社長個人の借金になる構造です。
会社が倒産すれば、
経営者はほぼすべての財産を失います。
自宅も、貯金も。
この悲劇を現場で何度も見てきたからこそ、
そういう専門家がいた。
上場企業の経営者には誰も言わないのに、
中小企業の経営者にだけ言い続けてきた理由は、
ここにありました。
つまり「借金するな」の本質は、
「個人保証のある借金をするな」だったわけです。
また、「借金は悪」という
イメージが広がった背景には、
報道の影響もあります。
倒産企業が取り上げられるとき、
「負債総額〇〇億円」
という数字が前面に出る。
借入金があったから倒産した、
という印象が繰り返し刷り込まれてきたのです。
実際には、借入の多さより
資金繰りの失敗や収益構造の問題
原因であることがほとんどです。

2022年、ルールが180度変わった

この構造が、2022年12月に大きく転換しました。
政府から「経営者保証改革プログラム」が発表され、
経営者保証に関する考え方が
根本から変わったのです。
それまでは
「経営者保証は取るのが当たり前」でした。
これが原則として「取らない」に変わりました。
現在、地方銀行では6割以上の融資が
経営者保証なしで実行されているそうです。
信用金庫・信用組合でも、
保証なしの融資は珍しくなくなっています。
かつては「借金=個人リスク」
という要素もありましたが、今は違います。

無借金を目指すことの、見えにくいリスク

「借金は減らすほどいい」という感覚には、
見落とされがちなリスクがあります。
稼いだ利益を、すべて返済に充てる。
借金を減らす、さらに減らす、ゼロにする。
これが最優先の経営課題になると、どうなるか。
設備投資が後回しになる。
採用・育成への投資が後回しになる。
新しい取り組みへの投資が後回しになる。
利益が出ても、手元に現金の余裕が生まれない。
設備は老朽化し、人材は育たず、
競合に少しずつ後れを取っていく。
「安全に見える経営」が、
じわじわと会社を縮ませていく。
借入を「減らすこと」だけを目標にすると、
投資の判断軸が、
「借金が増えるかどうか」になります。
本来の判断軸であるはずの
「この投資で会社は強くなるか」が、
後ろに回ってしまうのです。

借入金は「未来を前倒しにする手段」

借入金の本質を、別の角度から考えてみます。
自己資金だけで5,000万円を貯めるとしたら、
何年かかるでしょうか。
その間、競合他社は銀行から
資金を調達して設備投資を進め、
採用を強化し、市場でのポジションを
固めているかもしれません。
借入金とは、将来得られるはずの利益を
今に引き寄せる手段
です。
利息はそのコストです。
もし借りた資金を使った投資が
10%の利益率を生み、
金利が2%だとすれば、残り8%は
借りなければ存在しなかった利益です。
問題は「借りるか借りないか」ではなく、
「借りた資金で、
利息コストを上回る価値を生み出せるか」
です。
借入を避けることで失う機会も存在します。
設備投資のタイミングを逃す。
採用の好機を逃す。
市場のシェアを競合に先取りされる。
この「見えない損失」は、
支払う利息より大きくなることがあります。

借金を「道具」として使えているか

経営者保証がなくなった今、
上場企業も中小企業も、
借入金の性質はほぼ同じになりました。
「借金は悪」という感覚は、
経営者保証があった時代の名残です。
必要な投資のための借入は、
会社を強くする道具になり得ます。
大事なのは、借入の目的と、
生み出す価値を問うこと
です。
「早く返したい」という気持ちは自然です。
ただ、返済を急ぐあまり投資を止めることが、
長期的に会社を弱くしているケースは
少なくありません。
「この借入で会社はどう変わるか」
「返済より先にやるべき投資があるか」
この問いを持てるかどうかが、
これからの時代の
財務の判断軸になると思っています。


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この記事を書いた人

新美 敬太のアバター 新美 敬太 代表税理士

「経営を楽しむ」という想いを大切に、日々経営者の皆さまと向き合っています。
税務・会計だけでなく、同じ目線で悩みや挑戦を共有しながら、一緒に考え、進んでいくことを大切にしています。
私自身も一人の経営者として、まだまだ成長の途中です。
だからこそ、うまくいくことも、迷う時間も、すべて含めて寄り添える存在でありたいと思っています。
経営の中にある楽しさや可能性を感じていただけるように。
これからも、皆さまと一緒に歩んでいきます。

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