人は不慣れな便利より、慣れた不便を選ぶ

「マネーフォワードに切り替えませんか」
と提案すると、
こういう反応が返ってくることがあります。
「今のソフトで慣れているので、大丈夫です」
やる気がないわけじゃない。
忙しいわけでもない。
ただ、動かない。
これは意志の問題じゃないと思っています。
人間の脳は、慣れを優先するようにできている

慣れた不便が手放せない3つの理由

① 現状維持バイアス——失うことへの恐怖
行動経済学に現状維持バイアス
という概念があります。
人は、変化で得るものより、
変化で失うものを大きく感じる。
新しいソフトに切り替えることで
効率が上がるかもしれない。
でも頭の中では、
「操作を覚え直す手間」
「ミスするかもしれないリスク」の方が大きく映る。
合理的に計算すれば切り替えた方が得なのに、
感覚的には損に見える。
実際に切り替えが始まると、
今度はこういう声が出てきます。
「前のソフトでは、
この処理がワンクリックでできたのに」
「前の方が画面が見やすかった」
気持ちはわかります。
でも、ダメなソフトなんてほぼ存在しません
どのソフトにも、メリットとデメリットがある。
前のソフトでできていたことが、
新しいソフトでできないこともある。
ただ、できないことに執着している間に、
できるようになったことの方が圧倒的に多い

その事実は、慣れるまで見えにくいのです。

② サンクコスト——積み上げてきた慣れへの執着
会計ソフトを使いこなすには、
ソフトの操作だけではなく、
簿記の知識とセットで慣れていく必要があります。
昔から「簿記は習うより慣れろ」と言われるくらい、
体で覚える部分が大きい。
時間をかけて、知識を習得して、
やっと今のソフトに慣れた。
その積み上げがサンクコストになります。
「ここまでかけてきたのに、
また一からやり直すのか」という感覚が、
変化の手前で人を止めます。
新しいソフトを覚えることへの抵抗ではなく、
これまでの努力を手放すことへの抵抗が本質です。
スキルが高い人ほど、
切り替えに時間がかかることが
あるのはこのためです。

③ 学習曲線の谷——最初は必ず生産性が落ちる
新しいツールを導入すると、
最初は必ず生産性が下がります
今まで5分でできていた処理が、
30分かかることもある。
この「谷」が怖い。
「やっぱり前の方がよかった」と戻りたくなる。
ただ、谷は一時的なものです。
問題は、谷にいる間はその先が見えないこと。
だから途中でやめてしまう。
慣れた不便を選ぶのは、
この谷を越えたくないからです。

AIやITでも、同じことが起きている

これは会計ソフトだけの話ではありません。
ChatGPTやClaudeを「試してみた」
で終わる人が多いのも、同じ構造です。
一度触ってみる。
うまく使えない。戻る。
学習曲線の谷を越える前に、やめてしまう。
Excelをずっと使い続けながら
「DXしたい」という経営者も多いです。
慣れたツールを手放す痛みを避けながら、
新しい世界には行けない

「前のやり方の方が確実だった」という感覚は、
学習曲線の谷にいるサインです。

見落とされている本当のコスト

「今のソフトで十分できている」は、
ある意味で正しいです。
ただ、見落としていることがあります。
効率化は直接売上には見えにくい。
でも本当のコストは、そこではありません。
アナログのまま続けると、
データが蓄積されません。

データがなければ分析できない。
分析できなければ、意思決定の精度が上がらない。
クラウド会計に切り替えれば、
月次の数字がリアルタイムで見える。
売上・原価・利益の傾向が、
デジタル資産として積み上がっていく。
アナログのまま時間が過ぎると、
この資産が積み上がらない。
紙の帳簿や旧来のソフトで
処理し続けている会社と、
クラウドでデータを蓄積し続けている会社。
同じ売上規模でも、
経営の精度はまったく違うものになっていきます。
今はまだ差が小さくても、3年・5年で大きく開く。
これからの時代、
このギャップは年々広がる一方です。

一点突破から始める。うちもまだ道半ば

「全部変えよう」とするから止まります。
一つの作業だけ、新しいツールで置き換えてみる。
そこで「確かに楽だ」を体験する。
体験が、慣れをつくります。
MFなら、まず請求書の発行だけ試してみる。
AIなら、議事録の要約だけ任せてみる。
慣れが生まれると、次の一点が動かしやすくなる。
そのサイクルが回り始めると、
組織全体のツールが少しずつ更新されていきます。
うちの事務所も、完全には移行できていません。
スタッフの慣れを優先して、
切り替えを後回しにしていることもある。
ただ、「慣れているから」ではなく
「本当に今のままでいいのか」を問い続けることで、
組織の空気は少しずつ変わってきています。

今日できること

今の業務の中で、「なんとなく不便だな」
と感じている作業が一つあるはずです。
でも、多くの場合そこで止まってしまう。
「忙しいから後で」「慣れているからまあいいか」。
その判断の積み重ねが、
3年後の会社の差になります。
まず、その作業を別のツールで
一度だけ試してみる。
最初はうまくいかなくていい。
操作に迷っていい。時間がかかっていい。
それが学習曲線の谷で、
越えた先に変化があります
慣れた不便を選び続けるか、
一点だけ突破してみるか。
経営者が先に動いた組織は、スタッフも動きます。
その小さな一歩が、
組織全体のアップデートの起点になります。


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この記事を書いた人

新美 敬太のアバター 新美 敬太 代表税理士

「経営を楽しむ」という想いを大切に、日々経営者の皆さまと向き合っています。
税務・会計だけでなく、同じ目線で悩みや挑戦を共有しながら、一緒に考え、進んでいくことを大切にしています。
私自身も一人の経営者として、まだまだ成長の途中です。
だからこそ、うまくいくことも、迷う時間も、すべて含めて寄り添える存在でありたいと思っています。
経営の中にある楽しさや可能性を感じていただけるように。
これからも、皆さまと一緒に歩んでいきます。

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